現在の位置:ホーム > 常設展示室 > 聖天堂の部屋 > 聖天堂について > よみがえる彩色歓喜院聖天堂

よみがえる彩色歓喜院聖天堂

第3回 聖天堂の彫刻(1)二つの鳳凰(ほうおう)


本殿南側面図

 聖天堂は、奥殿と拝殿を中殿が結び付ける「権現造(ごんげんづくり)」という建築様式を用いており、その三つの建築の各所に、多くの彫刻が施されています。

 それらの彫刻は、上州花輪村(現在の群馬県みどり市)の彫刻師であった石原吟八郎(いしはらぎんぱちろう)を中心に制作されたものです。吟八郎は、日光東照宮の修復に参加したほか、北関東を中心とした多くの社寺建築に彫刻を残しています。この吟八郎の名は、江南地域の上新田地区にある、市指定有形文化財「諏訪神社本殿」の建築に際しての棟札下書きにも見ることができます。

 18世紀中期以降、寺社建築における彫刻と彩色の技法は、装飾性を含んだ上で進展しており、その流れの中で技術を高めた吟八郎やその弟子たちによって、数多くの聖天堂の彫刻が作られていきました。

鳳凰(北側) 鳳凰(南側)

 その中で、精緻を極めた彫刻の最たる例が、奥殿の外部における南側と北側に施された一対の「鳳凰(ほうおう)」です。この彫刻は吟八郎の次の世代である名工二人によって彫られたものであり、南側を小沢常信(おざわつねのぶ)が、北側を後藤正綱(ごとうまさつな)が手掛けたとされています。二つの彫刻の作風は異なり、常信作は、彫りの緻密さによって鳳凰の表情に厳しさを与え、正綱作は、大胆な彫りによって表面を立体的に仕立てています。

 この二つの彫刻は、今回の保存修理工事において、聖天堂から取り外され、彩色の復元が行われました。再び元の位置に戻った、二つの「鳳凰」。彩色と共によみがえった鋭い眼光からは、彫刻師たちの情熱がうかがえます。

第2回 聖天堂と貴惣門の歴史 第4回 聖天堂の彫刻(2)琴棋書画