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よみがえる彩色歓喜院聖天堂

第2回 聖天堂と貴惣門の歴史


極彩色が蘇った国宝「歓喜院聖天堂」

 国宝 歓喜院聖天堂(かんぎいんしょうでんどう)は、約830年前に建てられたとされます。火事などの被害で何度か再建され、現在の建物は、宝暦10年(1760)に完成しました。

 この時の工事は、大工棟梁の林正清(はやしまさきよ)が統率しました。正清は、再建を企画し、優秀な職人を集め、お金を集めるため各地を回りました。工事の費用を負担したのは、幕府や大名、豪商ではなく、妻沼を中心とした庶民たちでした。しかし、道のりは平坦ではなく、大洪水などで中断を余儀なくされ、正清は亡くなります。

鮮やかな龍 生き生きとした唐子

 正清の子、正信(まさのぶ)によって、色鮮やかな彫刻で埋めつくされた壮麗な建物が完成するのは、工事開始から25年後のことでした。この聖天堂は、榛名神社社殿(高崎市)など後の北関東の建築に大きな影響を与えます。

貴惣門全景 貴惣門破風

 ところで、中断の原因の一つとなった利根川の大洪水では、岩国藩(山口県)が、妻沼の復興工事を命じられました。藩士の中には、有名な錦帯橋(岩国市)の架けかえをした長谷川重右衛門(はせがわじゅうえもん)がいました。造営中の聖天堂を見た重右衛門は、貴惣門(きそうもん)の設計を思い立ち、正清に設計図を託します。 この時から100年余りを経た嘉永4年(1851)、正清の子孫の正道(まさみち)によって、お寺の門としては県内最大級の貴惣門が、ようやく完成しました。

 貴惣門の最大の特徴は、全国に四例しかない特殊な屋根の形です。ぜひ一度、三つ重なる破風(山型の部分)を側面からご覧ください。また、精緻に施された彫刻の数々も見どころになっています。


貴惣門に施された彫刻

第1回 境内のみどころ紹介 第3回 聖天堂の彫刻(1)二つの鳳凰