斎藤紫石(さいとうしせき)(1885-1964)
政治家・俳人。熊谷市鎌倉町の老舗薬種商の家に生まれる。本名清治。大正10年熊谷町長に当選して以降、県議会議員を歴任し、昭和14年新市制の熊谷市長となる。熊谷町長時代には、熊谷大火の復興に献身的な努力を重ね、今日の熊谷の区画整理の基礎をつくる。俳句に親しみ、紫石と号し俳誌「鮎」の刊行を行う。政界引退後、市内石原に「紫石巣」と称する寓居を構え、独自の俳句を探求するため幽居生活を送る。昭和33年熊谷市第1号名誉市民となり、これを記念して、星溪園内に句碑「老いらくの 苔に花咲く 心地かな 紫石」が後援会により建立される。昭和39年8月19日78歳で没す。
・荒川の月見草を詠んだ歌。
「君に大橋 わたれば下は 小石川原に 月見草」
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大正~昭和初期の絵葉書






