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庚申塔 |
市内俵瀬成就院の庚申塔です。
この庚申塔は、弘化5年(1848)に造立したもので、道標を兼ねています。
台座左面には「左 さやうた くまがや道」、右面には「右 わたしば めぬま道」と刻まれています。
碑裏には、造立者の名が刻まれており、筆頭には「荻野綾三郎」と刻まれています。
綾三郎は、文化6年(1809)に、俵瀬村の代々名主を勤める荻野家に生まれました。天保5年(1834)26歳で俵瀬村の名主になり、以後明治5年(1872)まで名主(明治期は戸長)を勤めました。
嘉永4年(1851)には、利根川を遡上する鮎猟にあたって、周辺の村々と調整を進め、村の利権を守るために奔走しました。嘉永2年(1849)には、妻沼村組合の惣代に就いています。また、家業として藍玉商を営みました。
妻「嘉与」との間に、子ども二男五女をもうけ、五女の「ぎん(吟子)」は、明治18年(1885)公許女医第1号になっています。
<参考>2025埼北文化研究会レジュメ「俵瀬の歴史ー村政・産業・文化を探るー」仲泉 剛
| 所在地 |
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俵瀬成就院 |
| 種別 |
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庚申塔 |
| 造立年 |
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弘化5年(1848) |
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