内田 彦雄(うちだ ひこお)(1857-1923)
俳人。江戸時代から続く熊谷宿本町の医家に生まれる。父は俳人の内田朴山(1829-1892)。
医科大学に学び、卒業後熊谷に帰り、私立熊谷病院を経営し、後東京に出て医院を開業しました。
また、東京府会議長などの要職に就きました。
明治26(1893)年には、父朴山の追善句集『藤衣』を刊行しました。俳句結社蛙声会に入会し、明治35(1902)年、大神宮脇の花塚碑裏に「黄昏や 花を見越しの 水明り」の句を刻んでいます。
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参考文献
- 『熊谷人物事典』日下部朝一郎 1987年






