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力士、「風呂桶山」 (手島地区)

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手島は、相撲の盛んな所でした。明治2年頃が全盛期で、広い堤外に辻を作って皆が草相撲をとりました。今でも、堤外に相撲とり場と言う地名が残っています。その頃力士が各地から来たので、村の人は力士を宿泊させました。
たまたま、上手島のある宅でも三代前のお爺さんの頃泊めたといいます。大力士なので、木の香も新しい風呂桶を新調して、「家の風呂は立派な風呂だ。」と力士の前で大自慢をしました。ところが力士の方ではこの鼻高々の自慢が少し癪にさわったらしく、一つじいさんの高い鼻を折ってやろうと意地悪を考えました。威勢よく風呂に入り、ドスン!ドスン!風呂桶の中で四股を踏みました。
たちまちポカリと風呂桶の底が抜けてしまいました。これを見ていたじいさんも、負けてはいませんでした。大声を上げて、「只今の勝負、風呂桶山の負け。」
と言ったので、さすがの力士もじいさんの頭のいいのに、あいた口がふさがらなかったといいます。