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因縁柳(いんねんやなぎ)(熊谷宿・石上寺)

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昔、熊谷宿(じゅく)のある家で(よめ)さんを(むか)えたのですが、四年ほどたっても、いっこうに子供(こども)のできる気配(けはい)がありません。
そこである夜、心配した母親が息子(むすこ)に言いました。
「なに一つ不足(ふそく)のない嫁だけど、あとを()ぐ子供がいないのでは祖先(そせん)にたいして申しわけない。すまないけれど離縁(りえん)してもらうわけにはいかないだろうか。」
その母親の言葉(ことば)に、息子はただただため(いき)をつくだけでした。
二人の話をふすまごしにぐうぜん聞いてしまった嫁は、(おどろ)くとともに、これはもう神仏(しんぶつ)にすがるしかないと思い、さっそくその夜から霊験(れいけん)あらたかと聞く石上寺(せきじょうじ)観音様(かんのんさま)にお(まい)りを始めました。
するとある夜のこと。
観音堂(かんのんどう)石段(いしだん)に一人の僧侶(そうりょ)が立っていて、その嫁に言いました。
「お前の願いは聞きとどけてやるが、その()わりわしの言うことも聞いてくれ。」
と言い、話を続けました。
「わしはここの(やなぎ)(せい)だが、ある時忍城(おしじょう)小姓(こしょう)腰元(こしもと)(こい)に落ち、それが殿様(とのさま)(いか)りに()れて追放(ついほう)の身となり、熊谷へやって来たのだが()()とてなく、悲観(ひかん)した二人はここの(やなぎ)の木に首をつって心中(しんじゅう)してしまったのです。
そんなことがあって柳の木は切り(たお)され、芽を出しても人にふまれ育たないのです。そこでお前さんがお参りに来るごとに、水をかけてくれまいか。」
嫁は言われたとおりにしました。すると満願(まんがん)の日、子供が(さず)かったことがわかり、それからは (しゅうとめ)ともうまくいったということです。
『熊谷市史』より
因縁柳

用語解説

  • 因縁…原因と結果にふしぎな関係があること。
  • 祖先…その家の先代以前の人。先祖。
  • 離縁…夫婦の関係を絶つこと。離婚。
  • ため息…失望・心配または感心した時などに長くつく息。
  • 偶然…ふと。たまたま。
  • 霊験あらたか…願いごとをかなえてくれる神仏のふしぎな力。
  • 柳の精…柳の木に宿っている霊、たましい。
  • 忍城…現在の行田市にあった城。
  • 小姓…殿様の身のまわりの世話をした少年。
  • 腰元…殿様のそばに仕えた召使いの女。
  • 寄る辺とてなく…頼りにするところがないこと。
  • 悲観…物事を悲しむべきものと考えること。
  • 心中…二人で一緒に死ぬこと。
  • 満願の日…願いごとをして祈る最後の日。