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コラム9 九 字   [登録:2001年12月03日/再掲:2012年09月03日]
 [追加:2002年3月27日]


                      

 1991年から1992年にかけて発掘調査された、平安時代の寺内古代寺院跡からは、多量の墨書土器(ぼくしょどき:墨で文字の書かれた土器)が出土しています。「花寺」「石井寺」「」「東院」「上院」など寺の名前や施設を表すものや、「」「千油」「」「」「」「」など吉祥句や土器の用途を示すものが100点あまり確認されています(江南町:1995)。

 その中に、下の写真の墨書土器が出土しています。9世紀の坏(つき:皿)の口縁部の破片です。不規則に格子目状の墨書が認められますが、これは、何という字を表しているのでしょうか。ちょっと文字としては認識できない、というのが正直なところです。では、何かというと、本頁の表題の「九字(くじ)」の可能性が考えられないでしょうか。

 ということで。今回は、「九字」について調べてみました。

 
九字とは横五本、縦四本の棒を引いて書かれ(下図参照)、九星九宮きゅうせいきゅうぐう:一白水星・二土星・三木星・四木星・五土星・六金星・七金星・八土星・九火星)を表しています。九は陰陽道で言うところの最も極まった数であり、九天、九地など、九の意味するところは「最大」であり、修験道・兵法では「最強」を意味しています。もとを辿ると、九字は四世紀の中国の「抱朴子(ほうぼくし)巻十七」という仙道書の「臨(りん)・兵(びょう)・闘(とう)・者(しゃ)・皆(かい)・陣(じん)・列(れつ)・前(ぜん)・行(ぎょう)」という九字を唱えて魔を避けることから由来しています。日本では「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」と唱えて行われた修験道・密教の呪法としても有名です。このほか、龍(せいりゅう)・虎(びゃっこ)・雀(すざく)・武(げんぶ)・空陳(くうちん)・南斗(なんじゅ)・北斗(ほくと)・三台(さんたい)・玉女(ぎょくにょ)」と唱える伝もあります。

 この「九字」は、日本では別名「ドーマン」と呼ばれていることからも明らかなように、これを使った有名な陰陽師に、播磨国の
蘆屋道満(生没年不詳)がいます。かの陰陽師安倍晴明の最大のライバルとされ、両者の対決は、様々な伝聞・書物で伝えられ、果ては浄瑠璃「蘆屋道満大内鑑」に登場したり、文化四年(1807)に刊行された滝沢馬琴著で北斎画の「敵討裏見葛葉」(鈴木他:1996)などに書かれるまでになっています。

 中でも有名なものは、占ト対決。参考までに、江戸時代の書物「月刈藻集」から、その概要を記すと
『藤原忠平が関白太政大臣の頃、二人は忠平に呼ばれ、内裏の庭で術比べが行われることになります。殿上人たちがこぞって見物にきます。長持の中に大柑子を15個入れ担ぎ出し、二人の前に出し、「この中に何が入っているか、判じてみせよ」と命じます。道満は「この術比べに勝ったほうがこの道で取り立てられるように」と約諾をとり、「これは大柑子。数は15個でございます。」と占いました。これに対し、晴明は、直ちに加持をして、中の品物を変え、「いや、箱の中身は大柑子ではありません。生類がおります。それもねずみが15匹おります。」と答えます。見物の殿上人は、「これでは晴明が仕損じる」と固唾を飲んで見守りますが、蓋を開けてみると大柑子ではなく、鼠が15匹飛び出してきて、四方に走り去った』
という話です。

 またこの他、寺内遺跡からは出土していませんが、この「九字」に関連する符号として、「
」という墨書土器があります。当初この字は、井戸の井の字であることから、井戸祭祀に関連するものと考えられていましたが、井戸と関係ない場所から出土することから、別のものを表していると推定されるようになりました。千葉県の庄作遺跡からは、「佛酒」と「井」の字が墨書された土器や、千葉県作畑遺跡からは「井」と「小田万呂」と墨書された土器などが見つかっています。
 現在でも、三重県鳥羽の海女さんの磯ノミにはこの「
」の字が印されていることからも考えて、この「」の字は、魔よけの符号(九字の省略形?)と推測することができます。三重県鳥羽の海女さんは、先のコラム6でも触れましたが、鉢巻や磯着に五芒星を縫込んでおり、難避けに関し、我が国最高の魔除けセットで完全武装していると見ることができます。
 同様の例は、韓国にも認められ、慶州壺う塚出土で、415年銘の「高句麗好太王壺う」の底部の銘文や、金海安里30号墳出土の高坏にも「井」の字が符号として用いられている例が認められます。(平川:2001)

 下写真の墨書土器が出土している場所は、寺跡の前面で参道の西側の湿地帯への移行部にあたり、灯明皿に転用された「」「千油」と書かれた墨書土器が集中して出土しています。参道の脇に灯明というと、「万灯会(まんどうえ:懺悔、滅罪のために仏・菩薩に灯明を供養する法会)」が行われた可能性も考えられ、「
」と吉祥句の書かれた墨書土器が多量に出土している事からも、この出土した場所が何らかの儀式が行われた場所である可能性は高いと思われます。これらの出土状況からも類推すると、この墨書土器はやはり「九字」を表したもので、何かの祓いのために書かれ、そして廃棄されたものかも知れません。
 
寺内古代寺院跡出土墨書土器の写真 九字のイラスト
寺内古代寺院跡出土墨書土器(口縁部の破片) 九字
<参考引用文献>
    江南町史編さん委員会 1995 「江南町史 資料編1 考古」 江南町
    平川 南 2001 基調講演「古代日本の文字世界」 平成13年度関東
    甲信越静地区埋蔵文化財担当職員共同研修会   講演・報告資料
    鈴木重三・徳田武編 1996 「馬琴中編読本集成 第四巻」 汲古書院 

    陰陽師・阿倍晴明「阿倍晴明とは:伝説:幼少晴明VS道満」
  
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