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弁財天


相上の弁財天女碑

明和7年(1770)に、相上村の己巳講により建てられたもので、表に「弁財天女」、裏に亀井の井戸の由緒が刻まれています。

碑文
「夫辯天講意趣者此地有湧泉號謂亀焉古老傳曰往昔文
治頃源家大将此所通行之砌□□臣有紀州藤代之住人
亀井六郎清重者以□□□突穿地得水進ヲ大将依以名
之□歴星霜数百年井水涓々洹溢流□□村里篤治霊為
是結己巳講積少財以石作井幹而欲傳井名於不朽矣益
民間傳説聞請卒尓記之而巳時明和七庚寅年次四月吉日
相上村
講中十三人
村中合力」

大意は、「文治の頃(1185-1190)、源義経が奥州落ちでこの地を通る際、飲み水を求めた。家臣の紀州藤代の住人亀井六郎清重は、槍で地面を突くと水が湧き出てきて、渇きを癒すことができた。以後霊験あらたかなこの泉は、以後数百年こんこんと湧き続け、どんな干ばつにも絶えることがなかった。明和7年、このことを永遠に伝えるため、己巳講で石の井戸枠をつくった」と刻まれており、井戸とセットの石造物であることがわかります。
弁財天の原語である「サラスヴァティー」は、インドで最も古い聖典『リグ・ヴェーダ』に現れる聖なる河とその化身の名であり、水の女神として、清らかな水の湧き出るこの地に立てられたものと思われます。
 

所在地 相上(亀井の井戸脇)
種別 弁財天
造立年 明和7年(1777)
高さ 総高 66cm