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幡立 |
妻沼歓喜院本坊門前に建てられているこの幡立ては、文政10年(1827)に妻沼中町の有志により建てられたものです。支柱の上部に獅子が乗る珍しい形式です。
左側の支柱側面には、「大和屋定七 小池民之丞」と刻まれています。
大和屋は、妻沼に所在した、薬種・菜種・陶器・雑貨・材木商です。薬種は、妻沼で唯一取り扱いを行っており、歓喜院でつくる清浄歓喜団(お団)という、奈良時代に遣唐使が伝えた歓喜天に供える菓子の餡に練り込む7種類のお香を提供していました。蜀山人(1749-1823)が大和屋を訪れた際に、店頭で売っていた櫛を題材に「旅人につげの小櫛やみねはりの木曽路はこことさして教えん」と詠んだと伝えられています。
定七(1814-1875)は、俳人で、二代五渡(理兵衛)の子として生まれ、五渡と号しました。別号越鳥、有磯庵、釣翁。12歳の時父と死別し、親戚の鈴木家に養育され、成人後大和屋を継ぎました。釣りを愛し、俳画も得意とし、芭蕉翁を慕い、各地を遍歴し交友を深め句を作りました。慶応4年(1868)歓喜院境内に句碑「雉子塚の碑」を建てています。
| 所在地 |
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妻沼歓喜院本坊 |
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幡立 |
| 造立年 |
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文政10年(1827) |
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