常設展示室/石造物の部屋


田島一宿句碑

本碑は、昭和50年10月に高唱俳句会・詩吟包容会の有志12名により建てられたもので「一枚の ハガキの重み 沈丁花」の句が刻まれています。

田島一宿(1896-1973):俳人。本名一郎。号は「熊谷草」「桜蓮子」。市内仲町田島旅館生まれ。家業を継ぐかたわら文芸に興味を持ち、俳句の道に研鑽。大正11年国民新聞俳壇の虚子選に「麦秋や 電車となりし 秩父線」が選ばれる。大正15年1月、市内石原の「乱雲会」、上之の「若葉会」とともに俳句結社「泉吟社」を創立する。同年2月には虚子、池内たけしを迎えて星渓園において泉吟社発会の記念句会を催した。戦後の混乱期には「熊谷俳人会」を結成し、熊谷市文化連合の創立に参画した。昭和27年熊谷市文化功労者として市より表彰を受ける。また、熊谷市政20周年記念の熊谷市歌や、市内各校の校歌や各会の会歌等の作詞を行っている。

所在地 円光二丁目(報恩寺)
種別 句碑
造立年 昭和50年(1975)

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