柴田信右衛門豊忠(しばたしんえもんとよただ)(江戸期)
柴田信右衛門豊忠は、近世三本村(現熊谷市上新田)で代々名主を勤めた家系の7代目です。
延享3(1746)年に、建秩父札所第17番定林寺の銅鐘を施主として奉納しています。この銅鐘は、秩父百観音の本像が鋳出され、御詠歌が刻まれる精巧な造りとなっています。銅鐘には「本國上野州 生國武蔵州大里郡上新田住 施主 柴田信右衛門 藤原豊忠」と刻まれています。
また同年 延亨3(1746)年に、創建主となって諏訪神社(埼玉県指定有形文化財建造物)を創建しています。本殿彫刻には、柴田氏が「群馬県太田市から熊谷に移住するため荒川を渡る際、橋が無かったため難儀していたが、神様が助けてくれた」との逸話が残っており、この場面を表していると伝えられています。
寛延元(1747)年には、野原の文殊寺手水鉢を施主の一人として奉納し、寛延3(1750)年には野原文殊寺銅鐘(現存せず)を奉納しています。
信右衛門の具体的な事績は伝えられていませんが、各地の寺社に奉納しており、信心深い人柄がうかがえる人物です。
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| 上新田:諏訪神社本殿 | 秩父市 定林寺銅鐘 | ||
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| 野原:文殊寺手水鉢 | |||









