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コラム14 五芒星と軍帽  [登録:2002年4月10日/再掲2012年09月12日]


 以前、市内妻沼地区にある「明治・大正・昭和 戦争博物館」という施設を見学しました。そこは、東京上野のアメ横にミリタリー用品のお店を出している会社の倉庫ですが、膨大な数の非売品の資料が、展示ケースからまさに溢れて収められており、公共機関に限り無料で収蔵品を貸し出しを許可しています。資料の解説をしていただいた博物館の管理部長さんは、先の大戦では、落下傘部隊に属していたとの事で、80歳代とは、とても思えない元気な方でした。また、倉庫の前には、シートを被ったヘリコプターや、戦車、上陸艇、高射砲などが無造作に置いてあります(動力部無)。

 展示資料を見学する中で、軍帽(鉄兜)に布製のカバーがかけられ、そのカバーの前面に星章(星形の五芒星)が縫いこまれているのを見つけました(下図写真1)。コラム6 かごめで少し触れた護符としての「五芒星」です。そこで、今回は、この五芒星と軍帽の関係について少し調べてみました。

 近代日本の軍隊の服制は、明治3年12月22日太政官布告第957号によりに定められた、我が国最初の軍服規定である「陸軍徽章(りくぐんきしょう)」において定められました。当初陸軍は、フランス式を採用しましたが、その中に、軍帽の頂上に☆を刺繍(ししゅう)することが定められています。
 その後明治4年、6年、8年の改正を経て明治19年には軍制のドイツ式の摂取とともに服制もドイツ式となりました(明治19年式軍服)。さらに明治33年に改正され、明治38年7月11日陸軍戦時服服制が定められ、明治39年4月12日の勅令第71号・72号で、いわゆる45式軍衣の原型が、大正11年9月26日いわゆる45式軍衣が、昭和5年4月10日には、いわゆる昭和5式軍衣が、昭和13年5月31日には、いわゆる98式軍衣が、昭和18年10月12日には、いわゆる3式軍衣が定められています。

 下図写真1は、先の「戦争博物館」で展示されていたもので、九十式鉄帽と呼ばれ、布製のカバーが付けられています。この鉄帽は、その名の示すとおり皇紀2590年(西暦1930年:昭和5年)に制定されたもので(昭和5式軍衣)、先の大戦終結の昭和20年まで陸軍で使用され、一部海軍の陸戦隊などでも使用されたものでした。鉄帽の前面には鉄製の星章が付けられていました。鉄帽は、雨音を消したり、石などが当たったときの消音用にと全体を覆う布製のカバーが使用されました。このカバーをすると、前面の星章が隠れてしまいますが、この布カバーの前面にも、色の布製の星章が縫い付けられました。鉄帽の材質は、クロームモリブデン鋼という鋼鉄製で、厚さは約1〜1.5mm、重量約1kgを量ります。
 
 下図写真2は、明治45年に制定された近衛大尉第一種帽。正装・礼装の際に着用されたことから「正帽」とも呼ばれています。帽子の前章部分に、着脱可能な前立てが差し込まれています。帽頂部には、色の星形(五芒星)が縫い付けられています。

 下図3は、明治27年の陸軍服制図で、「一種帽」を示したものです。一種帽は、将校(兵科将校:歩兵・砲兵・騎兵・工兵・輜重兵・航空兵・憲兵)および将校相当官(軍医官・主計官・軍楽兵)が被ることのできた正装・礼装です。帽頂部の星形(五芒星)は、将校は色、将校相当官は色と区別されています。左側2列の上から7段までの帽頂部には、星形(五芒星)が縫い付けられていませんが、これは、将官・佐官・尉官・下士卒・看守・軍医・理事・主計・幼年生徒などが被る「二種帽」となっています。

 下図4は、昭和18年頃の陸軍軍属(陸軍における非軍人。陸軍に所属する文官・文官待遇者の他、技師・給仕等のこと)の従軍服を示したものです。左上腕部に丸い肩章が付けられています。奏任(そうにん:高等官三等以下の者で、総理大臣が任命)・判任(はんにん:最下級の官吏で本属長官が任命)は色、雇任(ようにん)は、勅任(ちょくにん:高等官二等以上の者で、天皇が任命)は色、その他はい星形(五芒星)が縫い付けられています。

 このように、近代日本の軍服は、当初の軍服規定より、星形が好んで用いられていたようです。ただし、この星形が、日本古来最強の呪符である五芒星として認識され採用されたのかといえば、そうではなく、当時のフランス陸軍砲兵士官の制服に酷似することからも明らかなように、フランス式軍服の影響によるものと思われます(岡田:2000)。
 また、古来日本では、星を表す記号は、○印でしたが、幕末頃西洋より☆印が伝わり、以来日本でも星形といえば☆形で表徴されるようになったようです。
 では、フランスでは、なぜ、星形が採用されていたのでしょうか。今回はその辺りの事情については調べることができませんでした。

  しかし、西洋でも、この星形五角形は、紀元前7世紀古代ギリシャの数学者であるピタゴラスが、この星形(ペンタグラム)に比を見つけて以来、特別な形として扱われています。比とは、五角形の一辺と対角線の長さの比約1対1.618を指します。この比は、古代ピラミッドや、古代ギリシャのパルテノン神殿にも現れていることで知られ、西洋の美を象徴するものとされています。
 中世には、ピタゴラスが神格化されるようになると、比だらけの星形五角形は、「ソロモンの星」と呼ばれ、神がかった神秘的な魔力に満ちていると考えられるようになりました。ちなみに星形六角形(六芒星:ヘキサグラム)は「ダビデの星」と呼ばれています。
 有名なゲーテの「ファウスト」では、悪魔のメフィストフェレスが、ファウストの書斎入口の鴨居に書かれた星形五角形のために、室内に閉じ込められてしまう場面があります。
 また、現在世界の国々の国旗の約1/3もの国が、この星形五角形(☆)を採用しているのも(ただしイスラエルだけは、星形六角形)こうした理由があるのかも知れません。

 洋の東西を問わず、この星形五角形は、古来より不思議な、神秘的な力を持つと認識されていたようです。

星形が縫い付けられた日本陸軍の鉄帽の写真 明治27年の陸軍軍帽の服制図
 1.鉄帽(戦争資料館所蔵)
頂部に星形が縫い付けられている、近衛大尉がかぶる第1種帽の写真
2.近衛大尉第一種帽 3.明治27年陸軍制服図
昭和18年の陸軍軍属の服制
4.昭和18年陸軍軍属服制・肩章
<参考引用文献>

岡田保造 2000年 『魔除けの形』「世紀末と末法」 工作舎
中田忠夫 「大日本帝国陸海軍 軍装と装備」 株式会社潮書房
宮崎興二 1995 「五重塔を見おろす」『なぜ夢殿は八角形か』 祥伝社