新田裏遺跡第3次発掘調査(1/3ページ)
調査地区:熊谷市上新田地内  調査面積:約400u
調査期間:平成16年1月15日〜2月6日 調査機関:江南町遺跡調査会
調査原因:砂利採取

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重機で調査区を表土剥ぎしている写真
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@表土剥

原因者が砂利採取業者なので、重機代は予算化せず、提供していただきました。
砂利の混じらない耕作土は、砂利採取の際にも、先に剥ぐので、発掘調査の表土剥ぎも手馴れたものでした。
風除けのため、剥いだ土は北と西に盛ってもらいました。
2004年1月15日撮影。

休憩所設営作業の写真
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A休憩所の設営

荒川の川原に近く、北風がもろにあたるため、テントの周りに風除けのブルーシートを張っているところです。見た目はちょっと悪いですが、風がよけられれば、陽だまりで結構温かいです。予算があれば休憩用のプレハブでも建てたいのですが・・・・・。
2004年1月20日撮影。

遺構確認作業をしている写真
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B遺構確認

荒川の沖積地のため、ロームがのらず、プラン確認は難航しました。最近はほとんどローム台地上の調査でしたので、掘っている時は気づかない、ローム台地のありがたさを実感しました。
2004年1月20日撮影。

第1号住居跡掘り下げ状況の写真
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C遺構掘り下げ

考えていてもしょうがないので、とりあえず、カマドの焼土と地山の礫の少ない、覆土っぽいところを目安にプランを引き、掘り下げを開始。
2004年1月21日撮影。

第1号集石土壙確認状況の写真
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D集石土壙確認状態

円礫混じりの土の中に、割れた礫の集中している箇所があり、精査してみると、集石土壙でした。覆土中に時期の決定できる遺物は確認できませんでしたが、調査区内からは縄文時代中期頃のの打製石斧が出土しており、該期に比定されるものと推定されます。
2004年1月21日撮影。

第1号住居跡半截状況の写真
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E集石土壙半截

鍋底型の掘り込みの中に、礫が充填されています。壙底部分には多量の炭化粒が確認され、礫は全て被熱し、破損しています。充填されていた礫の総重量は約170kgでした。
2004年1月22日撮影。

調査状況写真
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F作業風景

手前が第1号住居跡で、奥が第2号住居。地面は乾燥して灰色の世界、霜柱も立ちません。
2004年1月27日撮影。

第1号住居跡遺物出土状況の写真
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B第1号住居跡遺物出土状況

かまど前の床面には大型の礫が集中して確認されました。部分的に集中することから、住居廃絶後に廃棄されたものと考えられます。
今回の調査区は、かつて荒川の氾濫原であったとはいえ、大型の礫はざらにあるわけではないので、単に新たな住居の掘削時に出た礫を投棄したのではなく、何らかの用途を目的として使用していた礫を廃棄したものと推測されますが、もとの用途は不明です。
2004年1月29日撮影。

検出遺構縄文時代集石土壙1基、古墳時代住居跡2軒、掘立柱建物跡1棟
特記事項
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